2015/06/24
松本隆の作詞活動45周年を記念するトリビュート盤。『風街であひませう』というタイトルが示唆している通り、本作は松本隆とは接点の少ない若手アーティストが中心となり、松本が作詞した楽曲をカバーしている。その面々にはスピッツやYUKIなど、いわゆるJ-POPのトップバッターたちから元andymoriの小山田壮平のような若手まで含まれる。一方、選曲は、いわゆる“松本隆グレイテスト・ヒッツ”的なものではなく、カバーしたアーティスト自身がセレクトしているようだ。『風街であひませう』の公式サイトでは各々の参加アーティストのコメントも読むことができる。
他にも、初回限定盤には、日本の名俳優・名女優が、こちらも若手を中心に集結した「ポエトリーリーディングアルバム」が付属していたり(斎藤工が読む「キャンディ」なんて、いかにもな取り合わせもある)、ブックレットでは宮藤官九郎と松本隆の対談があったりと、豪華という言葉でも全く足りない内容。セレブレーションという点でも話題性という点でも、これ以上の企画作品はそうそうに考えづらい。
本稿の対象は特にその音楽盤について。やはり、何と言っても目玉は、細野晴臣が残した70年代のデモテープから発掘され、新たに松本隆がドラムで、鈴木茂がギターで参加して完成した「驟雨の街」。録音に際し、新たに松本が詞を書き下ろしている。そんな成り立ちを聞くとつい「はっぴいえんどの新曲じゃないか!」と口が滑りそうになるが、実際に耳にすると、松本の歌詞にも今世紀からの視点があり、あるいは細野・鈴木の演奏には、当人たちがはっぴいえんど以降に築いてきたそれぞれの音楽性がはっきりと聴こえる。その結果、楽曲からは、はっぴいえんどの当人たちが、21世紀にはっぴいえんどをシミュレートしてみた、と形容したい絶妙な距離感が感じられて興味深い。
もう一つ、若い世代にとってのトピックが小山田壮平&イエロートレインによる「SWEET MEMORIES」。このイエロートレインというバンド、実は後藤大樹と藤原寛(とPredawn)という初期andymoriメンバーが改めて集ったユニット。そのサウンドは、多重録音された小山田の声、シンコペーションを加えるピアノ、小節単位でゆったりとロールするグルーヴが印象的で、アナログ感の強いロウファイな音質も相まって、どこかいにしえのゴスペル・ソングのようにも聴こえる。松本が松田聖子のために書いた歌詞は、彼らが歌うと、彼ら自身の物語と重なり過ぎて気障な感じもするが、小山田のエモーショナルな声の説得力は、その野暮ったさを容易に乗り越えてしまう。
話題性の強い2曲を先に取り上げたが、その他、収録曲の多くは、その曲が元々持っていたアレンジやサウンドの志向を各ミュージシャンの領分に引き寄せつつ、より拡張したもの。それは逆に言えば、参加ミュージシャン全員が、自身の音楽性の一部を多かれ少なかれ松本楽曲に負っていることの証左でもある。松本と言えば、歌詞=言葉の人というイメージも強いが、本作を聴いていてむしろ興味深く思ったのは、松本の言葉に換気されて初めて立ち上がったサウンド、初めて撒かれた音楽の種が、これほど豊かな日本のポップスの繁茂を招いたのだという事実だ。これはむしろ松本ワークスの多くをリアルタイムには共有していない世代だからこその感慨かも知れない。その意味で、本作は、松本が作詞家であると同時に、偉大な“ミュージシャン”であることを証明する一枚。風街とは、いまもここにあり、ここから繋いでいくことも出来る、日本のポップスにおける想像力の連鎖のことなのだ。
文:佐藤優太
◎リリース情報
『風街であひませう』
2015/06/24 RELEASE
通常盤:3,240円(tax in.)
初回限定盤:4,860円(tax in.)
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